2010年8月30日

VWビートル ラリー!!

日本の皆さま!!こんにちは!!
フニン事務所のディアナ・ヤリです。


8月8日に、フニン市ではドイツ車のフォルクス・ワーゲンのビートルでのチャンチャイコチャ湖 (フニン湖)一周の第2回ラリーが行われました。

昨年の第1回ラリーについても本ブログで紹介しましたが、覚えてますか?
今日は、25台の同車が参加した今年の第2回ラリーについてお話することにします。


▲ラリーのポスターです!!▲


この一見変わったカブトムシ型の車"ビートル"はドイツの独裁者:アドルフォ・ヒットラーが戦時中にデザインしたと聞いていますが、今尚クラッシック・カーとしてこの車が町の中を走っているのを色々な所で見かけられるそうです。


フニン市役所がラリー用に手直しされたこの車の愛好者たちにラリーへの参加を呼びかけました!!

その結果、8月7日の夜には轟音のエンジン音を上げながら続々と集まり始めました。

▲各地からビートルが集まってきました!!▲


フニン市民もラリーへの参加者達を歓迎し、ビートルが着いた広場に集まりました。 この夜は舞踊団も参加しての歓迎会と次の日の総距離120キロのチャンチャイコチャ湖一周ラリーに向けての簡単な式典が行われました。


当日はフニン市内の人達はスタート地点とゴール地点に集まり、フニン市外の人達は近くのコース周辺で車が来るのを待っていました。


▲ゴール地点の様子です!!▲


このラリーでの上級部門の優勝者はリマ市のラウル・バジェ氏で、一般部門の優勝者はイカ県ナスカ市のアンヘル・リカルド・ボバディジャ・ロハス氏で、それぞれが優勝賞品を勝ち取りました。


このラリーのコースは約27キロのアスファルト道路の後に急カーブのある砂利道に続きますが、参加者をコースアウトさせるような難しい区間もあります。
昨年は3台がこの区間でコースを外してしまいましたが、この障害区間はラリーを面白くしています。


▲YouTubeでラリーの様子が見れます▲

私達は来年も同ラリーが行われることを楽しみにしていますし、他国からもラリーへの参加があればと期待しています。

それでは、次回もお楽しみに!!

2010年8月26日

フニンパレード2010

日本の皆さま、こんにちは!!
フニン事務所のディアナ・ヤリです。

前ブログでは、フニンの戦いの日」の前日・前夜の行事についてお話しましたが、8月6日に、私は昨年同様、今年も市民軍事パレードが行われたチャカマルカ平原に行って来ましたので、今回はパレードの様子をお話することにします。


今年のパレードの出席者の注目を集めたのはフニンの戦いの戦場となった小山の牧草地が焼けていたことでした。
前日から72時間以上、同牧草地が焼けたと思われますが、誰が同牧草地を焼いたのか、どうして同牧草地に火がついたかのか、誰も知りませんでした。



▲山から煙が出ているのがわかりますか▲

でも、この時期は非常に乾燥しているので、この時期に当地で牧草地を焼くのは普通のことです。
牧草地が焼けるとその後、その地に緑の牧草が生えて牧草地に戻り、その牧草地で家畜が牧草を食む事になるのです。


でも、私はそこに生息していた生き物などを思い起こしてしまい、牧草地を焼くことにより引き起こされる環境へのネガティブな要因もあると思いました。
以前のブログで紹介したイモリや昆虫や小さな両性類や鳥の巣などは、どうなってしまったのだろうと心配になりました。

牧草地を焼く事は、そこに生息する生き物達に間違いなく影響するはずです。
政府機関もこの事項に十分な関心をもって、牧草地を焼くことで環境へのリスクが起こらない様、適切な管理をしてもらえればと感じました。


フニン市民はチャカマルカ平原で行われるフニンの戦いの戦勝記念式典とパレードを楽しみにしていますから、今年も多くの市民が式典とパレードに集まり、市民もパレードで参加しました。
式典にはフニン県の各代表団や招待者の他に他国のペルー駐在武官も参列されました。 その他ではリマ市から来られたペルー国大統領官邸の大統領護衛団である「ウサレス・デ・フニン騎兵連隊(フニンの騎兵連隊)」の方々もパレードで行進し、彼らの軍人らしい行進の仕方で観客をわかせていました。



▲パレードの様子です!!▲

フニンの戦いで独立連合軍が負けかけていた戦況をひっくり返し勝利に導いたのが、ペルー人のマヌエル・イシドロ・スアレス連隊長が率いたフニンの騎兵連隊でした。

そのため、今も名誉ある「ウサレス・デ・フニン騎兵連隊」とゆう名前がペルー国大統領官邸の大統領護衛団である騎兵連隊の名前として引き継がれています。

スアレス連隊長が率いるフニン騎兵連隊内の同じくペルー人のアンドレス・ラスリ大佐は独立連合軍のラ・マル将軍からの撤退命令を突撃命令とすり替えてスアレス連隊長に伝え、ラスリ大佐自身が突撃の先陣を切り、同騎兵連隊を突撃させたのですが、これらの詳細は以前の当社のブログで紹介していますから、同ブログもご覧照ください。


この日、チャカマルカ平原に集まったフニン市民は家族と共に、この平原の土の内でつくられたパチャマンカと呼ばれる伝統的な蒸し料理やマスのフライやパリジャダ・デ・レスと呼ばれる網焼きした牛肉を食べたり、飲んだりして大いに楽しんでいました。

標高4千メートルを超える酸素も薄い厳しい天候でも彼らの食欲は旺盛でした。

チャカマルカ平原のフニンの戦いの勝利記念碑を訪れていたアメリカ人の旅行者も、この日の式典やパレードの写真を撮り楽しんでいました。



▲旅行者にも一緒に楽しんでいました!!▲

今年の8月6日はチャカマルカ平原の小山の上空に焼けている牧草地からの煙が立ち込めていたとゆう点では前年と違っていましたが、毎年の8月6日はフニン市民にとって英誉ある楽しい日です。

次回もお楽しみに!!

2010年8月24日

小さいけれど大切なマカ

こんにちは!!
フニン事務所のアレックスです。

私達は、自社栽培して収穫した有機マカの乾燥作業を先週同様に続けています。
また、週末には雇い入れた作業員とマカをふるいにかけてマカについている葉や自社栽培畑からの石や土を落とす作業を続行中です。

ふるいにかける作業で小さなマカは、葉や石などと一緒に落ちてしまいます。
これら落ちた小さなマカを拾い集める作業も行っています。



▲葉っぱなどと一緒に小さなマカが混じっています。▲

ふるいから落ちて丘陵の様になっている葉や石や土などの内から、小さなマカを拾い出す作業は作業員による手作業です。
小さなマカでも失ったり捨てたりすることのない様に、手作業で回収することにしています。


▲ひとつひとつ作業員の手で拾っていきます。▲

ひとつひとつ小さなマカを拾い出していくわけですから、この手作業はやっかいで疲れる作業です。

小さなマカでも大きな損失に繋がりかねませんので手作業で小さなマカを回収しています。
ふるいの金属網の目をより小さくする代案も試してはみましたが、結果が良くありませんでしたので、今の作業で小さなマカの回収を行っています。


私達の手で栽培してきて収穫した有機マカですから、小さいマカでも大切に使いたいので、この作業を行っています。

現在の天気は晴れ渡っており、マカも均一に乾燥してきていますので、今月末には乾燥作業が終わり、黒色乾燥マカの選別作業と乾燥マカを大きさ毎に3段階に分ける作業も終わる予定です。

次回もお楽しみに!!

    
2010年8月20日

フニンの歴史的祝典

日本の友人の皆様、お元気ですか?
フニン事務所のディアナ・ヤリです。

先日、フニン市はペルー国に駐在のベネズエラ/アルゼンチン/チリの3カ国の武官の方をお迎えする機会をえました。
既に慣習化している通り、 フニン市では毎年8月6日にフニンの戦いでの英雄達の武勲を祝います。

1824年8月6日のフニンの戦いではシモン・ボリバール・イ・パラシオ将軍が率いる独立軍とスペインの王政軍がフニン市のチャカマルカ平原で激突し、独立軍が勝利をおさめました。
そして、同年12月9日のアヤクチョの戦いでフニンの戦いの勝利で勢いをえた独立軍が快勝し、ペルー国のスペイン副王のホセ・デ・ラ・セルナを降伏させたことから、フニンの戦いはスペイン王政の束縛から解放されるペルー国の完全独立への重要な歴史的一頁と言えます。


▲各国の武官の方達との記念撮影です!!▲

さて、今年の重要なこの歴史的祝典にフニン市役所は上記3カ国のペルー国駐在武官を 招待し、各々の国の軍服を着用し武官の方々が8月5日の同祝典に出席されたのです。
同武官の方々はフニン市役所の高官の人達の付き添いでボリバール将軍が夜を過ごされた歴史的な家を訪問されました。
この家は現在、サン・イグナシオ・デ・ロヨラと呼ばれるカトリック教会の一部になっています。

その後、武官の方々はプラサ・デ・アルマス広場にあるボリバール像に移られ、式典会場のフニン市役所の市庁舎ホールに入られました。
フニン市民の様々な代表者の参加の下で、その重要かつ興味深い式典が始まりました。

最初は国歌斉唱、その後に各招待者の紹介が行われ、各武官の方々は挨拶と共に、フニンの戦いの軍事的意義についての研究発表をされました。
武官の方々は一様にフニンの戦いを余すところのない深い軍事的見地から分析され、後の愛国部隊の完全勝利をもたらしたフニンの戦いでの勝利のインパクトを強調されていました。


▲アルゼンチンの駐在武官が研究発表をしている様子です!!▲

シモン・ボリバルはベネズエラ生まれで186年前の1824年にフニンの戦いの平原で勇敢な愛国者達の部隊を指揮したのですが、同部隊にはアルゼンチン人やチリ人やコロンビア人や他の国からの人達も参加していたのです。
これらの勇敢な人達がフニン市の土地を通って、ペルー国が完全な独立を成し遂げるのに貢献していったのでした。


▲手前から3番目の方が私の恩師でありフニン市長です!!▲

その後は、フニンの戦いについての詳細の有識者で専門家である教育界の二人の教授に よるパネル・デスカションが行われました。
武官が発表した軍事的見地への質問やコメントも出て、より興味深い議論になりました。
私にとって同武官の方々のフニン市での最初の会見と発表は非常に興味深いものでした。

私はフニンの市民自身がフニン市民であるとゆうアイデンティーをより強く持つ為には、フニン市の歴史を良く知ることが重要だと考えています。
来年は、フニンの戦いで起きたことにも関係する他のテーマで第2回目の同種発表会とパネルディスカッションが計画され、できるだけ多くの中学生達にもこの会に参加を願ってはと私は個人的に期待しています。

この会をとおして、中学生達にも歴史的な「フニンの戦い」についての重要な情報源になろうと考えていますし、フニン市民であるアイデンティーを強く持ってもらう為にも、中学時代からフニン市の同歴史をより深く学んでおくべきではないのかなと考えます。

それでは、次回もお楽しみに♪


2010年8月19日

大切な「農民の日」

日本の皆さんお元気ですか??
フニン事務所のディアナ・ヤリです。

毎年、6月24日のディア・デ・カンぺシノと呼ばれる「農民の日」についてご紹介します。

この日は、フニン市でも喜んで祝されています。
フニン市役所は農業省のフニン支局や他農業・牧畜業生産関係団体と共に、色々な行事を行っています。

フニン市には直接的にせよ間接的にせよ、農業・牧畜業の生産現場に係わっている人達が実に多くいます。
今年の農民の日の行事は、6月20日にフニン市のアルマス広場での市民行列で始まりました。
同行列にはオンドレス区やカルウアマイオ区やウルクマイオ区の農業生産者団体も 参加していました。
行列には、見物者に参加団体が分かるように各々の団体名を書いた小旗をもった人が同団体の行列を先導していました。


▲マカ生産者への講習会の様子です。▲

6月23日には農業省のフニン支局がマカや芋の生産者や牧畜業者に様々な研修会を催しましたし、牧畜業者団体はウアイレ区で牧畜フェアーを開催しました。 このフェアーにも様々な農民団体や牧畜組合や産業生産者達が参加しました。

▲牧畜フェアーの様子です。▲

オンドレス区では区長と農民組合長が有名なチャク・デ・ビクーニャと呼ばれるビクーニャを一個所に集めて毛刈りをする行事を行い、近隣区からも多くの同生産者が参加しました。
ビクーニャと呼ばれる南アメリカ大陸のアンデス地方に生息するラクダ科の動物や高価なビクーニャの毛については以前のブログでも紹介しています。

▲この光景は、本当に凄いです!!▲

農民の日はフニン市民にとっても特別の日です。
農業や牧畜など関連のある色々な現場活動へフニン市の農民達が捧げている努力と価値を私達が認識し、感謝する日でもあるからです。
彼らの農牧業の生産現場での努力と献身は都市社会の福祉にも貢献していると言え、賞賛に値するものです。

それでは、次回もお楽しみに♪♪

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