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2009年9月18日

フニンの広場と歴史 1

日本の皆さん、お元気ですか?
YDPのディアナです。

前回は、フニン市での国旗掲揚・パレード行事について紹介しましたが、今日はフニン市の広場と公園についてお話します。

フニン市の広場は、市民生活の中心的な役割を果たしています。
広場では、多くの社会的行事や商業活動や文化的行事が行われ、就任式や表彰式、音楽の演奏やデモ活動、パレード等も行われます。
広場には記念碑や像も建てられ、歴史的な記憶を思い起こさせ続けてくれる場でもあります。
また、市民の出会いの場でもあり、遊びやお祭りの場でもあり、パーティーやスポーツなども行われ、屋台もたちます。


今回は、そんなフニン市の広場と公園を紹介してみたいと思います。

ペルーでは、各市ともに、アルマス広場が中心です。フニン市のアルマス広場は、歴史的にも市内で一番重要な広場です。
アルマス広場には、スペインからのペルーの解放者であるシモン・ボリバール・イ・パラシオに敬意を表する記念碑が建てられており、ボリバール広場としても知られています。


中央にシモン・ボリバールの碑があるアルマス広場です。


1824年にフニンのチャカマルカ平原でスペイン軍を破った「フニンの戦い」を指揮したシモン・ボリバールは、一時的ではありますが、フニンに滞在しています。

アルマス広場の中央には、「フニンの戦い」の戦場だったチャカマルカ平原の方を向いた馬に乗ったシモン・ボリバールの碑が建てられているのです。この碑はベネズエラ政府から寄贈されました。とゆうのは、シモン・ボリバールは、ベネズエラ生まれだったからです。

この広場の周りにあるフニン市庁舎の横には、市会堂があり、シモン・ボリバールが、フニンの戦いの戦術を練る場として建てるように指示した建物と言われています。

広場は18世紀の終わりに建てられ19世紀のある時期には、物々交換の場所だったそうです。また、闘牛の様な当時の伝統的な行事も行われたと言います。この為、広場の周りには、ベランダがついた家も建てられたそうです。


フニンには他にも、ユニークな広場や公園がありますので次回もご紹介しますね!!
また、ある共通点もあるので、お楽しみに♪

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