日本の皆様、こんにちは。
ディアナ・ヤリです。
今回はフニン市の死者の日についてです。
フニン市の死者の日は11月1日~11月3日。10月28日からフニン市の通りはにぎわってきます。
他の市で勉強したり、働いているフニン市民が故郷に帰ってきたり、ペルー国内中からも人がフニン市にやってきますし、フニン市の人達もお供え物のタンタワワ・パンや粥やビスコチュエロスと呼ばれるケーキをつくる為の材料を買う為に、また亡くなった家族や御先祖の人達が好きだった食べ物や飲み物を買いに外出するので、とても賑やかになります。
この祀りは、11月1日に食卓をお供え物を飾ることから始まります。
例えば、花やタンタワワ・パンやビスコチュエロス・ケーキや色々な種類の粥(例えば、トウモロコシや牛乳入りの小麦粉やキヌアの粥やアピ・デ・カイアと呼ばれる干したオカ塊茎の粥や牛乳入りのトウモロコシ粉の粥)や、亡くなった家族が好きだったものなどです。
これらのお供え物は11月1日からの3日間、フニン市の各家庭でそなえられます。
フニン市の人達は風習に従い、この3日間、花や花輪や蝋燭を持ってお墓参りをします。
亡くなった親愛の人達のお墓の上に花や花輪や蝋燭を置き、大切な家族である時を分かちあうのです。
その後、お墓の傍でビールやリキュール類の飲み物を家族と亡くなった方達と分かちあいます。
お墓参りをしなかった人はお供え物を食べることはできません。お墓参りもしないでお供え物を食べるのは、亡くなった家族や御先祖様への礼を失していることになるからです。

お墓参りに行っている様子です。

花を持ってお墓に飾ります。
この祀りの3日間、フニン市の食料品店では朝食用の普通のパンは売られていません。フニン市の全てのパン屋さんが、タンタワワ・パンのみを焼くからです。
この期間、パン屋さんはタンタワワ・パンを焼くのに大忙しです。
フニン市には貧しいが故に、タンタワワ・パンを家庭でつくれなかったり、この風習を行えない家族達がいるのも現実です。これらの人達は、タンタワワ・パンを買うしかありません。
私はお供え物の食べ物の中でも特に、卵・ラム酒・かまどで焼く為の粉・砂糖・小麦粉・イギリス風澱粉等を紙につつんで、かまどに入れて焼かれてつくられたビスコチュエロス・ケーキが私のお気に入りです。勿論、タンタワワ・パンも私の好物です。
同日を祀る様子やお供え物もペルー国内で様々だそうです。また、タンタワワ・パンの形も、それぞれの地域や国で異なっている様子です。
死者の日に興味のある方は、インターネットで、スペイン語で「DIA DE LOS MUERTOS」、日本語で「死者の日」、タンタワワ・パンについて興味のある方は、「TANTA WAWA」で、検索してみていただければ、メキシコやサンフランシスコでの同日の様子の写真やビデオを見られる筈です。
日本では、何時、どうゆう風にお祀りするのでしょうか?
ディアナ・ヤリ
(YamamotoTameyuki)
アシスタント
日本の皆さんに栽培地やフニンの情報をリポートします!
マカ栽培担当
生まれも育ちもフニン県の、産業農業技師です。”世界一のマカ”を作り、日本の皆さんにお届けします!
(Córdoba)
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